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日本語ラップの変遷② -90年代中盤~後半のHIPHOPより-

前回の記事「日本語ラップの変遷 -80年代~90年代前半のHIPHOPより-」の第2弾。80年代は、日本語でラップする文化が誕生し、まさに日本語ラップの黎明期でありました。そして、90年代はそのような日本語ラップの文化がアングラからオーバーグランドへ浸透していく過渡期であり、日本語ラップの”オールドスクール”が詰まった時代です!

90年代中盤

日本語ラップがトップチャートにランクイン

1994年に「East End×Yuri」が ”Da. Yo. Ne” をリリース。同曲は、ミリオンセラーとなり、紅白歌合戦に出場するにまで至りました。また、同じ年に「小沢健二 feat.スチャダラパー」名義で、数々のアーティストがカバーするほどの名曲 ”今夜はブギーバック” をリリース。この頃より、日本語ラップがトップチャートに取り上げられるようになり、”ラップ”が世間へ認知されるようになり始めました。

アングラにも名盤が続出

1995年に「BUDDHA BRAND」がUSから帰国。同年に、現在も日本語ラップシーンに語り継がれる名盤 “人間発電所”をリリース。リリックの意味を通しながら韻を踏むことで、互いにラッパー間で競い高め合っていた時代。そこに、文章が語感とフローが斬新さでシーンに風穴を空けたとされる名曲です。

また、「RHYMESTER」や「キングギドラ」など、現在もシーンを盛り上げている立役者達も続々とアルバムをリリース。中でも、「RHYMESTER」がリリースした”エゴトピア” に収録されている “口から出まかせ”は、「キングギドラ」と「Soul Scream」がマイクリレーで参加した不朽の名曲です。

個人的には、さんぴんCAMPを主催した「ECD」が自身のアルバム”Big Youth”に収録されている “ECDの ロンリー・ガール feat. K-Dub Shine” は、当時の日本の若者を痛烈に風刺した名曲であり、胸に刺さります。

90年代後半

次世代を予感させるDragon Ashの登場

(引用 : https://www.discogs.com/ja/Dragon-Ash-Complete-Singles/release/12600761)

1999年に「Dragon Ash」が 名盤 ”Viva La Revolution”をリリース。言わずもしれたミクスチャーバンドの「Dragon Ash」でありますが、当時はHIPHOP色が強く、多くの若者達に絶大な人気であり、世間にHIPHOPを広めたカリスマバンドでした。

さらに、ラッパー「ZEEBRA」と シンガー「aco」とフューチャリングした “Greatful Days”は1999年のオリコンチャートで1位を獲得するほどヒットを起こし、おそらく日本で一番有名なパンチライン「俺は東京生まれ、HIPHOP育ち」が誕生しました。


90年代中旬~後半にかけて、日本語ラップはまさに成長し、瞬く間にシーンを拡大していきました。2000年代以降は、さらに日本語ラップが拡大していき、今の輝くニュースター達に大きな影響を与えた時代です。次回は。そのような2000年代の歴史を振り返りたいと思います!乞うご期待!

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