Youtubeチャンネルを開設

最新の日本語ラップを中心に紹介中!

チャンネルはこちらから

日本語ラップの変遷 -80年代~90年代前半のHIPHOPより-

昨今、大きな盛り上がりを魅せている日本語ラップシーン。特に、10代・20代のニューヒーロー達の活躍が目覚ましいことは、Jrapの記事にてご紹介した通りです!さて、そのような日本語ラップシーンが現在に至るまでどのような変遷を経ていたのか。「温故知新」スタイルで過去を振り返ってみましょう!

ラップとは

そもそも、ラップとは、HIPHOPというカルチャーより生まれた歌唱法であります。HIPHIOPとは、1970年代にUSのブロックパーティにて誕生した文化であるとされています。HIPHOPは、ラップ・ブレイクダンス・グラフィティ・DJの4要素を総称したものであり、“かっこいい”を意味する「HIP」と、“弾ける”を意味する「HOP」を組み合わせた造語です。

blockparty

Block Party (70’s South Bronx, NY)(出典: https://www.redbull.com/jp-ja/what-is-blockparty)

80年代

元々、USの黒人カルチャーであったヒップホップが、日本に文化として根付きはじめたきっかけは、80年代前半に日本ヒップホップ界のレジェンドとされる「CRAZY-A」などのダンサーが、ニューヨークの文化に刺激され、ブレイクダンスを始めたことがきっかけとされています。

東京B-BOYS

CRAZY-Aらが所属する「東京B-BOYS」 (出典: トウキョウダンスマガジン http://xn--gckasc1de2c6c1l8cuge.com/より)

また、80年代にブレイクダンスが日本に誕生したと同時期に、フリースタイルダンジョンでおなじみの「いとうせいこう」や、ファッションデザインチーム「fragment design」でも知られる「藤原ヒロシ」と「高木完」からなる「タイニー・パンクス」等の台頭により、音に乗せながら日本語を用いて韻を踏む楽曲が世に出始めます。彼らの楽曲は、90年代以降のラッパー達に大きな影響を与え、“日本語ラップ”のルーツだと言えます。

「タイニー・パンクス」らをはじめとするメンバーで、レーベル「MAJOR FORCE」を立ち上げるなど、アーティスト自身がレーベルを立ち上げるといった潮流のはじまりが、この年代であったことが伺えますね。

80年代頃のタイニー・バンクス(出典:https://ringofcolour.com/archives/6128)

80年代後半になると、“ECDのロンリーガール“で有名な「ECD」や、のちの「雷家族」としてクルーを結成する「YOU THE ROCK★」や「TWIGY」といったアーティストが活動を開始します。また、「BUDDHA BRAND」の各メンバーや、「RHYMESTER」、「スチャダラパー」も同時期から活動を開始し、日本語ラップが世に広まる90年代の礎がここから誕生していきます。

90年代前半

90年代に入ると、各アーティスト達が、HIPHOPイベントなどを各地で立ち上げ、テレビではダンスバトルをテーマにした人気企画「ダンス甲子園」などが放送され、日本に”HIPHOP”という文化が徐々に浸透していきます。
90年代前半では、前述した「RHYMESTER」が、のちに第1次ヒップホップブームを牽引する「RIP SLYME」や「KICK THE CREW」らともに「FUNKY GRAMMAR」を結成。
また、93年には、HIPHOP界のレジェンドである「ZEEBRA」と“ビッグコッタ”こと「K DUB SHINE」、「DJ OASIS」からなる「キングギドラ」を結成。

RHYMESTER(出典:https://spice.eplus.jp/articles/198769)

キングギドラ(出典:http://amebreak.ameba.jp/knowledge/2015/07/005857.html)

そして、このような80年代の日本語ラップの原型ともいえる楽曲に影響されたアーティスト達が、日本語で韻を踏む技術を確立し、日本語ラップの名盤が続々と誕生するようになります。

おわりに

このように、HIPHOP界のレジェンド達が試行錯誤を繰り返して、現在のHIPHOPシーンが確立されました。歴史を振り返ることで、新たな発見もできるかと思います。たまには過去の名曲を振り返るのも良いかもしれませんね!

続編 日本語ラップの変遷② -90年代中盤~後半のHIPHOPより-

タイトルとURLをコピーしました